1. TOP
  2. COLUMN
  3. クラシック入門×日本史① 〜オペラ誕生と徳川幕府〜

クラシック入門×日本史① 〜オペラ誕生と徳川幕府〜

クラシック音楽について知りたいけど、どこから入ればよいのか、どの作曲家・どの曲から聞けばよいのかわからない、と感じる人も少なくないのではないでしょうか。

物事に対する造詣を深めるには、起源を知り、歴史を辿り、各時代における代表的な人物とその功績を順に追っていくという方法が一番王道だと感じます。

それに加えて、日本の時代背景とも照らし合わせていくことで、より多角的な視点で理解が深めることができるのではないかと考えました。


クラシック音楽の歴史+日本史

クラシック音楽の歴史は大きく分けて5つに分けられます。

・バロック (1550〜1740)
・古典派 (1740〜1820)
・ロマン派(1820〜1900)
・後期ロマン派(1900〜1940)
・近現代(1940〜)

今回のシリーズでは、上記の時代の順に記事を分けて辿っていきます。

そして同じ時代の日本での出来事を照らし合わせ、ヨーロッパと日本の文化の違いをみながら歴史的背景の理解も深めていくというコンセプトとなっております。

日本ではこんなことをやっているときに、ヨーロッパではこんな音楽が生まれていたのか、と驚きを持って理解することが出来るはずです。

それではさっそく見ていきましょう。


バロック時代

1600年〜1740年はクラシック音楽の歴史における「バロック」と呼ばれる時代になります。

バロック時代の代表的な作曲家達は以下になります。

・モンテヴェルディ
・リュリ
・ヴィヴァルディ
・J.S.バッハ
・ヘンデル

今回は「オペラの祖」と呼ばれる作曲家、モンテヴェルディにスポットを当ててみましょう。


モンテヴェルディ

1600年頃、芸術先進国であったイタリアのフィレンツェで、オペラという文化が生まれました。

このオペラの伴奏を務めていた器楽隊が古代ギリシア劇場で「オルケストラ」と呼ばれる位置に置かれていたことから、「オーケストラ」と呼ばれるようになったと言われています。

そしてそのオペラの伴奏の作曲をしていたのが、イタリア音楽会を代表する作曲家、モンテヴェルディでした。

モンテヴェルディ

ドラマティックな表現性を追求し、プラトンらの哲学書を読み、歌手が歌う「言葉」の持つ力をどのような音、どのような演奏を通じて、より効果的に訴えることができるか、実験を重ね続けたアーティストです。

1607年にモンテヴェルディ作のオペラ「オルフェオ」が発表されます。

1637年にはヴェネツィアで最初のオペラ劇場が建設され、オペラという文化が人々の中に浸透していきます。

また、モンテヴェルディはオペラの伴奏部だったオーケストラが自立していくように改革していきました。
これにより、どこか脇役だったオーケストラが少しづつ主役になっていく時代がはじまるわけです。


一方そのころ日本では

1603年、徳川家康が征夷大将軍となり江戸幕府が開かれました。

徳川家康

1607年にオルフェオが発表された頃は日本では新たな幕藩体制が始まって間もない時代でした。

1612年以降の幕府による禁教令で、日本への西洋音楽の輸入は断絶され、ここから明治維新前後まで、日本では西洋音楽の長い空白期間が生まれることになります。

1614年には大阪冬の陣、翌年の大阪夏の陣により豊臣家が完全に滅亡。

1635年に鎖国体制が敷かれ、日本と諸外国の貿易は断絶されます。西洋文化が流入してくることはなくなりましたが、これにより日本独自の文化が花開くことになります。

「粋」とされる独特の感性に基づいた美術品や工芸品、そして箱庭のような自然と調和した美しい景観を持った国へと発展していきます。


日本では戦国時代が終わったばかりの頃に、ヨーロッパではすでにオーケストラによる高次元な音楽が生まれていたことは驚かされます。

クラシック音楽の黎明期がこれから始まるというときに、ちょうど日本が鎖国体制に入ってしまったのはなんとも勿体無い気もします。
歴史にifはありませんが、もしこの時代から日本にも西洋音楽が浸透していれば、日本の音楽の文化はどのように発展していたのか、興味深いものがあります。

Vol.2に続く→