1. TOP
  2. COLUMN
  3. なめらかな知識がめぐる社会

なめらかな知識がめぐる社会

「あるいは、なぜあなたは知識を発信して生きるべきなのか、ということ。」

はい、ごめんなさい。家入一真さんの著書『なめらかなお金がめぐる社会』の題名をオマージュさせていただきました。こちらとても良い本ですので読んでない方は是非。

さて、ここまでの人生で、わりと(かなり?)内向的だった自分が、今年のテーマの一つとして、「発信する」「アウトプットする」ということを掲げています。

なぜそうしようと考えたのか。
その裏にある自分の頭の中で思い描いていたこと、そして表題にもある「なめらかな知識がめぐる社会」という考えについて、書いていこうと思います。

 

知識を発信するということ

なぜ「発信」なのか。本記事でいう「発信」とは、自分が持ちうる知識、技術、経験談を、周りのコミュニティや世の中へ「共有する」ことを指します。いま書いているこのブログも発信の一環となります。
発信の仕方はこのほかにもSNSやLT会、勉強会での情報交換だったり多岐にわたります。

そしてすでに、世の中には自分の知識を他の人に惜しみなく発信・共有してくれる「Giver」な方々が沢山います。(第一線で活躍している方々に多いイメージ)

自分にとって有益な知識や経験談、そしてポジティブで嬉しくなってしまうようなバイブスを与えてくれる人たち。

いま活動している自分は、そんな沢山の「Giver」の脳の一部をシェアしながら、自分というものを徐々に拡張しているようなイメージが浮かんだのです。

 

脳のシェアリング

「脳の一部をシェアするイメージ」とはどういうことか。
人間は、頑張っても一人の活動の中で得られる知識量には限界があると思います。視点も絞られ、ポジショントーク的な考え方になってしまいがちです。

しかし、有識者が持ちえる情報をそれぞれが発信、テキスト化や資料化してネット上に発信、つまり知識をアーカイブ化することによって、いろんな人の知識、考察、経験談をシェアすることが出来、また時には周りから自分の知識がシェアされ、すなわちそれは頭脳のシェアリングのようだと感じたわけです。

沢山の人の知識の一部をシェアし、自己の脳が拡張されるイメージ

各々が自分だけでは得ることのできなかった知識をどんどんシェアし、各々が「自分の知識」なんてものが曖昧になるくらい脳を拡張し、活動出来たなら、きっと世界はもっとより良い方向に底上げされる気がしてならないのです。

 

Give&Giveの精神

この「発信し合う」ことにおいて大切になってくるのは、自分の知識を惜しみなく発信・共有するというGive&Giveの姿勢。
全ての人がGive&Giveの精神でお互いに知識や情報を共有しあえば、化学反応が起こり、人はどんどん進化していくように思うわけです。

自分が独占している知識や技術を守ろうとしても、いずれそれらを拡張するのは限界がくる。
そもそも、自分が独占している知識や技術だけで威張ろうなんて、卑しい。

もちろん、知識を発信するのも簡単なことではないと思います。
正直、ブログを書くのは大変。僕は文章を書くのは得意ではないし、毎回ウンウン唸りながら文章を考え、必要であればイメージ画像も用意し、記事を仕上げる作業は中々骨が折れます。

しかしそれでも、僕の知見や知識が誰かの気づきや閃きに繋がることを祈って、今後も発信していきたいと思います。

なぜならもう既に、沢山の人達の発信によって今の自分が作られていると感じるから。

それに対し、少しでも恩返しが出来たらと思うから。

なめらかな知識がめぐる社会

こんなことは人によっては意識するまでもなく当たり前にやっていた方も多いと思います。しかし自分は内向的だった影響で、今になってやっと気づくことが出来ました。

きっとこれからも色んな方々との関わりから沢山のGiveを受けることになると思いますが、自分からも負けじとGive&Giveの精神で発信を行なっていきたい。

そんな「なめらかな知識がめぐる社会」の一旦を担っていけたら幸いです。